「生成するAI」から「業務を実行するAI」へ
「生成AI」という言葉が企業の間でも一般的になり、文章作成や要約、情報収集、資料作成などにAIを活用する企業が増えています。
一方で、AIを取り巻く市場では、すでに次の段階への動きが始まっています。
これまでのAIは、人間が質問や指示を入力すると、それに応じて回答やコンテンツを生成する使い方が中心でした。しかし現在は、AIが目的に応じて情報を集め、判断し、複数のツールやシステムを操作しながら、一定の業務を進める「AIエージェント」が注目されています。
さらに、デジタル空間だけでなく、ロボットや自動運転などを通じて現実世界で作業を行う「フィジカルAI」への関心も高まっています。
帝国データバンクは2026年6月のレポートで、現在のAI市場を「生成」から「実行」の段階へ移行する時期と位置づけ、生成AIに続く技術としてAIエージェントやフィジカルAIを挙げています。
では、AI市場はこれからどこへ向かうのでしょうか。
この記事では、生成AIだけではない現在のAIトレンドについて、企業の業務との関係を中心に解説します。
AIは「生成する」だけの技術ではなくなりつつある
AIの活用というと、ChatGPTなどの生成AIを思い浮かべる方も多いでしょう。生成AIは、入力された情報や指示をもとに、文章、画像、音声、プログラムなどを生成する技術です。
企業では、例えば次のような用途で利用されています。
- メールや文書の作成
- 会議議事録の要約
- 情報収集
- アイデアの整理
- 営業資料の作成
- プログラミング支援
- 社内問い合わせへの回答
- 翻訳
こうした活用によって、これまで人が時間をかけて行っていた作業を効率化できる可能性があります。
実際、帝国データバンクが2026年3月に実施した調査では、生成AIを業務で「活用している」と回答した企業は34.5%でした。生成AIは、単なる話題の技術から、企業の実務で利用される段階へ進みつつあります。
しかし、ここで重要なのは、AIの役割が「文章を作る」「質問に答える」といった作業だけにとどまらなくなっていることです。
これからのAI活用では、人間がAIを操作するという関係から、AIが業務の一部を実行するという関係への変化が起きようとしています。この変化を象徴する技術が「AIエージェント」です。
AIエージェントとは?
AIエージェントとは、簡単にいえば、人間から与えられた目的に対して、AIが必要な作業を組み立てながら実行する仕組みです。従来の生成AIでは、人間が一つひとつ指示を出す必要がありました。
例えば営業担当者が顧客への提案メールを作成する場合、
「この顧客について調べてください」
「過去の商談内容を要約してください」
「この情報をもとにメールを作ってください」
といったように、人間が作業を分解してAIへ指示することになります。
AIエージェントでは、一定の条件を設定したうえで、AIが複数の作業を組み合わせて進めることが期待されています。
「この顧客に対する次回提案の準備をしてください」
という目的を与えた場合、AIが顧客情報を確認し、過去の商談履歴や関連情報を整理し、必要な資料を探し、提案内容をまとめるといった一連の作業を支援・実行するイメージです。
もちろん、実際にどこまで自律的に処理できるかは、利用するシステムや設定によって異なります。
重要なのは、AIが「回答を生成するツール」から「業務プロセスに組み込まれる仕組み」へと役割を広げつつあることです。
PwC Japanの2026年の調査では、生成AIの活用効果が期待を大きく上回る企業ほど、AIエージェントについて理解し、導入済みまたは導入を進めている割合が高いことが示されています。
企業ではAIエージェントを何に使えるのか
AIエージェントの活用先として考えられるのが、日常的に発生するさまざまな業務です。
例えば営業部門では、顧客情報の収集、商談履歴の整理、提案資料の作成、営業メールの作成などをAIが支援することが考えられます。
総務やバックオフィスでは、社内問い合わせへの回答、申請内容の確認、文書作成、情報検索などが候補になります。
情報システム部門では、システムの監視やログの分析、問い合わせ対応、障害発生時の情報整理などへの活用が考えられます。
カスタマーサポートでも、問い合わせ内容の分類、過去の対応履歴の検索、回答案の作成など、複数の作業を組み合わせた活用が可能です。
このように考えると、AIエージェントの特徴は「一つの作業をAIに任せる」ことだけではありません。
複数の作業をつないで、一つの業務プロセスとして処理する
複数の作業をつなぎ、一連の業務プロセスとして処理できる点に、AIエージェントの大きな特徴があります。
これまで「AIで議事録を作る」「AIでメールを書く」といった個別作業の効率化が中心だったものが、今後は「会議後の一連の業務をAIが支援する」といった活用へ広がる可能性があります。
「業務を実行するAI」が注目される背景
なぜ現在、AIエージェントなどの「実行するAI」が注目されているのでしょうか。
背景の一つが、人手不足です。日本では、多くの企業が人材確保や生産性向上を課題としています。限られた人数でより多くの業務を行うためには、単純に従業員の作業速度を上げるだけでなく、業務そのものを効率化する必要があります。
そこで、AIに定型的な作業や情報整理を任せ、人間は判断やコミュニケーション、企画など、人間による対応が求められる業務に集中するという考え方が注目されています。
もう一つの背景が、生成AIそのものの進化です。生成AIが企業に普及したことで、文章や情報を扱うAIの能力が向上しました。
その結果、AIを単独で使うだけではなく、社内データや業務システム、各種ツールと組み合わせて利用する環境が整いつつあります。つまり、生成AIは「AIを業務に使う」ための入口となり、そこからAIエージェントによる業務プロセスの自動化へ進もうとしているのです。

「AIエージェント」だけではない、注目されるAI技術
現在のAI市場では、AIエージェント以外にもさまざまな技術が注目されています。その一つが「マルチモーダルAI」です。
マルチモーダルAIとは、テキストだけではなく、画像、音声、動画など複数の種類の情報を扱うAIを指します。文章だけでなく画像をAIに読み込ませて内容を分析したり、音声データから会話内容を把握したりすることができます。
企業においても、書類の確認、画像による検査、音声データの分析など、さまざまな業務への応用が考えられます。
そして、もう一つ注目されているのが「フィジカルAI」です。
現実世界で動く「フィジカルAI」
AIエージェントが主にデジタル上の業務を実行する技術だとすれば、フィジカルAIはAIとロボットなどを組み合わせ、現実世界での作業につなげる方向の技術です。
- 工場でのロボット制御
- 倉庫内での搬送
- 自動運転
- 製造現場での検査
- 店舗や物流現場での作業
などへの応用が考えられます。帝国データバンクも、AIエージェントと並んでフィジカルAIを「実行するAI」の重要な領域として取り上げています。
これまでのAIは、画面の中で文章や画像を作ったり、情報を分析したりすることが中心でした。しかし、AIがロボットや機械と連携することで、AIの活用範囲はデジタル空間から現実世界へ広がっていきます。
その意味で、AI市場の変化は単なる「生成AIの次のサービス」という話ではありません。AIが関わる業務そのものの範囲が広がっていると考えることができます。
企業にとって重要なのは「AIを導入すること」ではない
AI市場が急速に進化する一方で、「最新のAIを導入すれば業務改善できる」と考えるのは適切ではありません。
AIを導入する前に、自社の業務を整理することが重要です。
「どの業務に時間がかかっているのか」
「同じ作業を何度も繰り返していないか」
「情報を探すために多くの時間を使っていないか」
「担当者によって作業方法が異なっていないか」
「AIに任せられる作業はどこなのか」
といった点を洗い出します。そのうえで、AIに任せる部分と人間が判断する部分を分けていく必要があります。
AIにすべてを任せるのではなく、人間とAIの役割分担を設計することが、これからのAI活用では重要になります。
日本企業は生成AIの活用・推進そのものは進んでいる一方、期待を大きく上回る効果を創出している企業は9%にとどまり、AIを使うだけでなく、成果につなげることが課題となっています。
つまり、これからのAI活用では「導入率」だけではなく、「どの業務を変え、どのような成果を生み出したか」が重要になっていくでしょう。
「実行するAI」には新たなリスクもある
AIが文章を作るだけなら、人間が内容を確認してから利用することができます。
しかし、AIが外部システムを操作したり、顧客情報にアクセスしたり、メールを送信したりするようになると、AIの判断がそのまま業務上の行動につながる可能性があります。
AIが誤った情報をもとに処理を実行した場合、単なる「間違った回答」では済まない可能性があります。そのため、AIエージェントの導入では、これまで以上にセキュリティやAIガバナンスが重要になります。
経済産業省は2026年4月、AIエージェントについて、自律性によって意図しないシステム操作やデータ漏えいが発生する可能性があり、ガバナンス、データ保護、アイデンティティ管理などの対策が必要になるとしています。
また、経済産業省は2026年3月に「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」を取りまとめています。企業がAIを利用する際には、技術そのものだけでなく、適切なリスク管理やガバナンスについても考える必要があります。
特にAIエージェントを業務に組み込む場合には、
- AIがアクセスできる情報
- AIに与える権限
- AIが実行できる操作
- 人間による確認が必要な処理
- AIの判断や操作の記録
- 問題が起きた場合の対応方法
などをあらかじめ整理しておくことが重要です。
AI市場の次のテーマは「AIを使う」から「AIを組み込む」へ
これまで企業のAI活用では、「従業員が生成AIを使う」という考え方が中心でした。
営業担当者が生成AIでメールを作ったり、総務担当者が文章を作成したりする使い方です。これからは、AIを業務システムやワークフローそのものに組み込む考え方が重要になります。
問い合わせを受ける
↓
AIが内容を分類する
↓
顧客情報を確認する
↓
回答案を作成する
↓
必要に応じて担当者へ引き継ぐ
↓
対応内容を記録する
といった業務プロセスです。すべてをAIに任せる必要はありません。むしろ、どこまでをAIが行い、どこからを人間が確認するのかを設計することが重要です。
このような考え方が広がれば、AIは「便利なチャットツール」から、企業の業務を支えるインフラへと役割を変えていく可能性があります。
これから企業はAIとどう向き合えばよいのか
AI市場は、非常に速いスピードで変化しています。生成AI、AIエージェント、マルチモーダルAI、フィジカルAIなど、新しい言葉が次々に登場しています。
しかし、すべての企業が最新技術をすぐに導入する必要があるわけではありません。重要なのは、自社の業務課題からAI活用を考えることです。
まずは業務を細かく分解し、「AIに任せられる作業」「人間が判断すべき作業」「AIと人間が共同で行う作業」に分けてみることが第一歩です。そのうえで、小規模な検証から始め、効果やリスクを確認しながら対象業務を広げていく方法が考えられます。
「生成するAI」から「業務を実行するAI」へ
AIの進化は、単純に「より賢いチャットボットが登場する」という話ではありません。これまでのAIは、データを分析したり、人間が必要とする情報を提供したりするものでした。生成AIの登場によって、AIは文章や画像、プログラムなどを「生成」できるようになりました。
そして現在は、AIエージェントによって、AIが複数の作業を組み合わせながら業務を進める方向へ進んでいます。
さらにフィジカルAIによって、AIがロボットや機械と連携し、現実世界の作業に関わる可能性も広がっています。
つまり、AI市場は、「判断するAI」から「生成するAI」へ。そして、「生成するAI」から「業務を実行するAI」へと活用範囲を広げています。
企業にとって重要なのは、最新のAIを導入すること自体ではありません。自社の業務のどこにAIを組み込めるのか、どこまでAIに任せられるのか、そして人間はどのような仕事に集中すべきなのかを考えることです。
AIを単なる業務効率化のツールとして捉えるのではなく、業務プロセスそのものを見直すきっかけとして活用することで、AIによる新たな価値創出につながる可能性があります。
これからのAI市場では、「どのAIを導入するか」だけでなく、「AIとともに企業の仕事をどのように変えていくか」が、より重要なテーマになっていくでしょう。
自治体で広がる対話型AIチャットボット
生成AIの進化は、自治体の住民向けサービスにも変化をもたらしています。これまで自治体で導入されてきたAIチャットボットは、あらかじめ登録した質問と回答をもとに、住民からの問い合わせに自動で回答する仕組みが中心でした。窓口や電話で寄せられる「ごみの出し方」「各種証明書の取得方法」「子育て支援制度」などの定型的な質問に24時間対応できることが、主なメリットです。
近年はここに生成AIが加わり、チャットボットそのものが「対話型」へと進化しています。例えば島根県江津市では、2024年7月から生成AIを活用したチャットボットの試験運用を開始し、市民からのさまざまな質問に24時間365日対応する取り組みが行われています。
また、窓口の電話応対負担を軽減するためにAIボイスボットの導入を推進する自治体も増えています。
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‣‣‣愛知県豊川市へ「AIボイスボット・予約管理システム」の提供を開始しました
‣‣‣大阪府八尾市で「AIボイスボット」の本採用開始
従来型のチャットボットでは、利用者がシステムに登録された質問に近い表現を入力する必要がありました。一方、生成AIを活用したチャットボットでは、利用者が普段使う自然な言葉で質問でき、質問の意図や文脈を踏まえた回答を生成しやすくなります。
これにより、「何を聞けばいいのかわからない」という住民に対しても、対話を通じて必要な情報へ案内することが期待されています。
さらに現在は、単に質問へ回答するだけではなく、チャットボットを行政サービスへの入口として活用する動きも注目されています。デジタル庁が自治体との取り組みで示しているように、AIが住民からの相談や問い合わせを一次受付し、必要な手続きや提出書類、来庁予約などを案内したうえで、担当部署へ情報を連携するといった活用方法です。
この方向性は、「生成するAI」から「業務を実行するAI」への変化ともつながります。
「住民票を取得したい」という問い合わせに対して制度を説明するだけでなく、必要書類を確認し、オンライン手続きの案内や予約につなげる。さらに将来的には、本人の同意や適切な権限管理のもとで、複数の行政システムと連携しながら手続きの一部をAIが進めることも考えられます。
実際、2025年の地方自治情報化推進フェアでは、生成AIを活用したチャットボットや、生成AIを活用した「対話型フロントエンドシステム」など、住民との接点にAIを組み込む自治体の事例が紹介されています。
ただし、行政分野ではAIが誤った情報を回答することによる影響が大きいため、利便性だけでなく、回答の正確性、個人情報保護、セキュリティ、利用者への説明などを含めたガバナンスが重要です。デジタル庁も2026年6月に行政における生成AIの調達・利活用に関するガイドラインを改定し、生成AIの活用拡大とリスク管理を一体的に進める考え方を示しています。
今後の自治体向けAIチャットボットは、「FAQを検索して答えるツール」から、「住民との対話を起点として、必要な行政サービスへ案内し、場合によっては手続きまで支援する窓口」へと役割を広げていくことがトレンドの一つになるでしょう。AIチャットボットは、生成AIの技術を住民サービスの現場に組み込む、身近なAI活用の一例といえます。
